以前、 「加速するAI社会で「無駄」と「芸術」を握りしめる理由」のなかで、「あえて「効率」の対極にある時間を大切にしたい」、なんて書いてみました。そんな折、まさにこのテーマを深く考えさせられる、興味深い対談記事に出会ったのであります。芥川賞作家の田中慎弥氏と、メディアアーティストの落合陽一氏による対談。
- 税金」も「外国人」も敵ではない…芥川賞作家が「現代人を奴隷にしている」と名指しする"意外な正体"
- 「コスパ」を追い求めるほど大切なものを失っている…落合陽一が平日昼から「餃子とビール」を頼む意外な理由
- 通知が来たら返さずにいられない…スマホもPCも持たない芥川賞作家が「現代人は本当の孤独を失った」と語る理由
デジタル化と効率化が極限まで進んだ現代。私たちは知らず知らずのうちに、社会のシステムに飲み込まれそうになっています。対談では「そんな時代に、人間がいかにして自分自身の生や孤独を保ち続けるか」という、本質的な問いが投げかけられていました。特に心に響いたのは、現実の傷みや不条理を描き続けてきた田中氏の言葉であります
ディストピアでも堕落はでき得るのだという気もしてきます。
わからないものをわからないまま抱えておく力も大切です。
日々、AIの進化に対する漠然とした不安を抱えていた私ですが、この言葉に触れて、不思議とスッと気持ちが軽くなりました。すべてを効率化し白黒つける必要はない。一見無駄に見える時間こそが、私たちの人間らしさを守ってくれると改めて思ったのであります。
この対談のベースにもなっている田中氏の著書「堕落論 住めば都のディストピア」、さっそく手に取ってみようと思います。
コメント
コメントを投稿