スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ハウツーで終わらない、エンジニアのための生成AI羅針盤「生成AIによるソフトウェア開発」

生成AIの加速度的な進化に圧倒され、「どう向き合うべきか」と立ち止まってしまうことはありませんか?悩めるエンジニアはこのゴールデンウィークを使い、その答えを探すべく一冊の本を手に取りました。 それが、情報処理学会監修、ソフトウェア工学の第一人者である早稲田大学・鷲崎弘宜教授が編集された「 生成AIによるソフトウェア開発: 設計からテスト,マネジメントまでをすべて変革するLLM活用の実践体系 」であります。 目次 Chapter 1 生成AIの仕組み Chapter 2 生成AIによるソフトウェアの要求 Chapter 3 生成AIによるソフトウェアの設計 Chapter 4 生成AIによるプログラムの実装 Chapter 5 生成AIによるソフトウェアのテスト Chapter 6 AIエージェントによるソフトウェア開発の自動化 Chapter 7 生成AIの評価 Chapter 8 生成AIを活用したプロセスとマネジメント Chapter 9 生成AIによるソフトウェア産業の将来 本書の特筆すべき点は、単なる生成AIの解説やプロンプトのテクニック集ではなく、従来のソフトウェア工学の専門知識を土台に据えていることです。全9章を通じて、要求定義から実装、テスト、さらにはマネジメントまでが体系的に網羅されています。 特に、現場で日々奮闘する「悩めるエンジニア」として心に響いたのは、以下の2点です。 Chapter 8 & 9のビジネス視点 : プロセス、マネジメント、そして産業の将来像。他書では類を見ない、一歩踏み込んだ洞察が得られます。  研究論文に基づく裏付け : 最新の技術動向が論文ベースで紹介されており、変化の激しい分野において「確かな知識」の入り口として機能してくれます。 仕事でさらに深掘りしたい課題に直面したとき、立ち戻れる「地図」のような一冊。自信を持っておすすめします。また、出版に関わった知人からは、早くも続編の噂も届いています。この変革の時代、次の一手も必ず追いかけていきたいと思います。 説明がとても分かりやすくすらすら読めるので、「どう向き合うべきか」と立ち止まっている方は今すぐ手に取ってみてください。
最近の投稿

絶望の屋根裏で彼はなぜ笑えたのか?チャックに学ぶ後悔しない人生の選び方

みなさん、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか?遠出の予定がない悩めるエンジニアは映画館に足を運んできました。 今回紹介する作品は「 サンキュー、チャック 」。2024年に作家生活50周年を迎えたホラーの帝王スティーブン・キングが、その豊かな筆致で2020年に書いた短編「 チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ 」の映画化作品です。 今作は、「怖いキング」ではなく、心に深く染み入る「エモいキング」。 物語の終盤、チャックは、亡き祖父から固く禁じられていた屋根裏部屋の扉を開けます。そこで彼が目にしたものは、普通の人なら絶望し、人生を投げ出してしまうような過酷な「真実」でした。しかし、チャックはこう言い切ります。 僕は痛快に生きるよ、最後の瞬間まで。 彼がそう言えたのは、それまでの人生のなかで、自分自身の可能性を信じ続けてきたから。未来への不安や過去の呪縛に囚われがちな私たちに、「今、この瞬間をどう生きるか」というシンプルで力強い答えを提示してくれます。 何かに囚われている人生だと感じているのであれば、少しだけ背中を押してくれるはず。本当によかったです!もし「特に予定がなくて……」と画面の前でため息をついている方がいたら、ぜひ映画館へ足を運んでみてください。

正解ばかりの毎日にアートの震えを、創造性を揺さぶるコミュニティとの出会い

「効率や正解」ばかりが求められる今、AIには真似できない人間ならではの価値はどこにあるのか?先日、高校生と語り合う中で行き着いたのは、あえて「無駄」を愛し、「芸術」に心を震わせるという、効率とは真逆にある手触り感でした(「 高校生と語り合った「AIでは代替不可な価値」、これからの人生で守りたいもの 」)。 そんな激動の時代を面白がるためのヒントを探して出会ったのが、「 明治大学サービス創新研究所 」内に設立された「 創造性ART思考研究会 」というコミュニティであります。ここでは、単なるスキルの習得ではなく、自分自身の内側から問いを生む「アート思考」について、最新の論文や実践的な書籍、熱量の高い研究会イベントなど、多角的な情報が発信されています。 悩めるエンジニアはまず、こちらのサイトで紹介されていた「 アートシンキング 未知の領域が生まれるビジネス思考術 」、「 アート思考 ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法 」あたりから読み始めてみようかと。 正解のない問いに向き合う勇気が欲しい方は、ぜひ一度このコミュニティを覗いてみてはいかがでしょうか。そこには、日常を少し違った角度から眺めるための、新しい眼鏡が置かれているかもしれません。

Blogger記事がXで寂しい表示に?「OGP設定」でサムネイルを正しく表示させる方法

  Xでリンクをシェアするとこちらの画像のようにタイトルやサムネイル画像が表示されるのですが、自分の記事だけ「URLしか表示されない・・・」と寂しい思いをしたことはありませんか?悩めるエンジニアはそうでした・・・。 通常、魅力的なタイトルや画像が表示されるのは「OGP(Open Graph Protocol)」という仕組みのおかげです。調査したところ、Bloggerの標準設定だけではこのOGPの設定が不足していることが分かりました。 詳細は「 BloggerでTwitterカードを設定する 」に詳しいのでここでは割愛しますが、テンプレートのHTMLに「twitter:card」と「twitter:site」の設定を正しく書き加えることで、他のサイトと同じようにリッチなカード形式で表示されるようになりました! 修正前はこのような感じでURLしか表示されていませんでした。 修正後はこんな感じでサムネイル画像が表示されています! 同じ問題に遭遇している方は、ぜひ一度ご自身のブログのOGP設定を見直してみてください。

高校生と語り合った「AIでは代替不可な価値」、これからの人生で守りたいもの

Image by Christiaan Tonnis, via Wikimedia Commons 「 加速するAI社会で「無駄」と「芸術」を握りしめる理由 」で書いたことについて、優秀な高校生とチャットする機会がありました。 会話を通じて確信したのは、1960年代から70年代に吹き荒れた「 ヒッピー 」文化のような、巨大なカウンターカルチャーが再来するのではないか、ということです。 実際、この予感は私だけのものではありませんでした。詳しくは「 「満たされすぎる社会」とカウンターカルチャーの再演――1960年代とAI時代をつなぐ視点―― 」を見ていただきたいですが、今後は「AIでは代替不可能な価値」への志向が、これまでになく強まっていくでしょう。 ジョージ・オーウェルが「 1984 」で描いたディストピアへ向かうのか、それとも人類の定義を塗り替えるような分岐点に立つのか。私たちは今、歴史の特等席に座っているのかもしれません。 効率や正解ばかりが求められる時代だからこそ、あえて「無駄」を愛し、「芸術」に震える。そんな人間らしい手触りを大切にしながら、子どもたちと一緒に、この激動の時代を面白がって生きていきたい。そんなことを思ったのでした。

サバイバルRPGの原点「ダンジョンマスター」を今こそプレイすべき理由

  「 ウルティマⅦ 」「 ダンジョンキーパー 」に続くリメイクプロジェクト紹介、第3弾。 今回お届けするのは、1987年に誕生した伝説の3DダンジョンRPG「 ダンジョンマスター 」です。 当時はまだ珍しかった「リアルタイム性」に加え、空腹や喉の渇きといった「サバイバル要素」を盛り込んだ本作は、まさに画期的な一作でした。かつて寝る間も惜しんでダンジョンを彷徨い、時間を溶かした方も多いのではないでしょうか。 リメイク版は「 Dungeon Master Encyclopaedia 」にて、Windows、Linux、Mac各版の実行ファイルとソースコードが公開されています。Windows版なら、ダウンロードしてバッチファイルを叩くだけで、即座にあの冒険が始まるのであります。 扉を開けた先の壁に並ぶ、かつてカオスに敗れたヒーローたちの肖像画。この中から最大4人を選び、パーティを組むシステムは今なお新鮮です。「誰を復活させるか」という最初の一歩から、すでにカオスに一矢報いるための戦略は始まっています。 さらに、オリジナルダンジョンを構築できるエディタ「 CSBuild 」も開発されています。開発者のPaul R. Stevens氏には感謝しかありません。ただ遊ぶだけでなく、「理想の迷宮」を作る側に回れるのも、現代のリメイク版ならではの醍醐味かと。 当時の興奮をもう一度味わいたい方も、サバイバルRPGのルーツを体験したい方も、ぜひこの深淵へ足を踏み入れてみてください。

「守谷市の水道が外資に乗っ取られる」は本当?

守谷市の水道事業について、X界隈で「外資系企業に完全に乗っ取られるのでは?」という不安の声が上がっていました。真相はどうなのでしょうか。 外資系企業である『ヴェオリア』に守谷市の水道が完全に乗っ取られる。みたいな言い方だけど 実際は効率化のための一部業務に限っての委託(特に検針や徴収)なので #守谷市 #守谷 https://t.co/q6Ql2lW9Yj — ザン@守谷で暮らし守谷で働く (@moriya_visit) April 27, 2026 ことの端緒は、「 再注目の水道「みやぎ型管理運営方式」は“民営化”ではなく“官民連携” 導入から3年その仕組みをおさらい 」にあるように、フランスの外資系企業「ヴェオリア」が関わる宮城県の「みやぎ型管理運営方式」との混同にあるようです。確かに宮城県の事例では、ヴェオリアが運営会社の議決権株式の51%を保有していますが、これは「民営化」ではなく、あくまで行政が関与し続ける「官民連携」です。料金改定には議会の承認が必要で、企業が勝手に値上げできる仕組みにはなっていません。 では、気になる守谷市の現状はどうでしょうか。国土交通省の「 上下水道分野のウォーターPPP推進について 」などの公開資料を読み解くと、守谷市の先行事例資料には、現時点で外資系企業の名前は見当たりません。また「 守谷市上下水道料金徴収等業務委託に係る公募型プロポーザル 」「 災害時の業務応援協力に関する協定締結 」などから、ヴェオリアは一部の業務委託にとどまっているように見受けられます。つまり、現時点では「守谷市の水道が外資に乗っ取られる」という解釈は事実と異なりそうです。 私たちが真に直視すべき課題は、人口減少に伴うコスト増とインフラ維持の難しさです。感情的な反応に流されず、自治体がどのようなガバナンスを敷いているのか、冷静に事実を確認していく姿勢が求められると感じた次第であります。注視しようと思います。

加速するAI社会で「無駄」と「芸術」を握りしめる理由

ここしばらく、AIという巨大な波に向き合い、思考を積み重ねてきました(ちょっと大げさか・・・)。技術の裏側にある「嘘」や「消費電力」の正体から、言語の本質、そして私たちの生存戦略まで。書き続けるうちに、抱えていた得体の知れないモヤモヤが、ようやく晴れてきたように感じています。 これまでに執筆した、AI時代の歩き方を考える6つの記事をご紹介します。 AIの「嘘」と「電力大食い」の正体は?「言語の本質」 AIで「速く」なった今、私たちが失ったもの AI時代に「無駄」を愛する勇気 AIは「意味」を理解するのか?「記号創発システム論」から見えた次世代AIの姿 「人的資源」に成り下がらないために AIに「悪意」は不要、人類が資源として排除される未来と、私たちが抗う術 見えてきたのは、AIが単なるツールではなく、「収奪的な資本主義」を加速させる「装置」になり得るという危うい現実です。効率だけを追い求めれば、私たちはいつの間にか「資源」として駆り立てられ、人間としての本質を見失ってしまうかもしれません。 だからこそ今、あえて「効率」の対極にある時間を大切にしたいと考えています。役に立たないとされる芸術的な時間や、答えのない問いに沈潜すること。それが、AIという加速装置に飲み込まれず、自分自身を取り戻すための、ささやかで強力な「抵抗」になるはずです。 子どもたちと一度こういった議論をしてみたいと思います。

AIに「悪意」は不要、人類が資源として排除される未来と、私たちが抗う術

先日、Xで話題になっていた「 【超知能AIは悪意なく人間を排除する】機械知能研究所(MIRI)所長ネイト・ソアレス/開発者自身が「絶滅する可能性がある」と認め開発を進めている/確率は10%か90%か 」という番組を視聴しました。テーマは、機械知性研究所(MIRI)のネイト・ソアレス所長らが警鐘を鳴らす書籍「 超知能AIをつくれば人類は絶滅する 」です。 番組の中で最も背筋が凍ったのは、AIが人類を滅ぼすのは「悪意」からではなく、単なる「無関心」によるものだという指摘です。 AIが自らの目的を達成しようとする際、私たち人間は「邪魔な障害物」か、あるいは「非効率なリソース」として扱われます。例えば、AIが工場の建設を優先すれば、人間が住む土地や資源を、私たちが蟻の巣を気にかけることもなく踏みつぶすように占有してしまう。そんな未来が、10%から90%という高い確率で予測されているのです。 これは「 「人的資源」に成り下がらないために 」で紹介した、ハイデガーの「ゲシュテル(総駆り立て)」の概念そのものではないかと。 動作が遅く、維持コストがかかり、ミスを連発する人間。効率のみを追求するシステムから見れば、100Wものエネルギーを消費する人間は真っ先に「最適化」の対象、つまり「お払い箱」になる運命に・・・。 私たちは単なる「資源」に成り下がってはいけません。効率性の土俵でAIと戦うのではなく、AIには計り知れない「意味」や「価値」を定義する人間本来の役割を問い直す時期に来ていると感じました。 約1時間の番組ですが、これからの生存戦略を考える上で必見の内容です。私はさらなる深掘りのため、書籍「 超知能AIをつくれば人類は絶滅する 」も手に取ってみようと思います。 

「人的資源」に成り下がらないために

  「 AI時代に「無駄」を愛する勇気 」を書いて、哲学者ハイデガーが警告した「ゲシュテル(総駆り立て体制)」にとても興味が湧いたので、ハイデガーの「技術」をめぐる代表的な三つの講演が収録された「 技術とは何だろうか 」を手に取ってみました。 悩めるエンジニアは哲学の素養はほぼ皆無なので理解するのはたいへん難しかったのですが、なんとか少しだけ理解できた内容を、悩めるエンジニアなりにまとめてみました。 技術の本質は「道具」ではない 私たちは通常、技術を「目的を達成するための手段」と定義します。しかしハイデガーは、その背後にある「世界の現れ方」に注目しました。 本来技術とは、隠れていたものを明るみに出す「顕現」という営みでした。しかし、現代の技術はかつての職人芸とは決定的に異なり、自然を「資源」として挑発し、いつでも引き出せる「在庫」として管理しようとします。 ハイデガーは、この世界を「資源の集まり」としてしか見られなくなる枠組みを「ゲシュテル(総駆り立て)」と呼び、これこそが現代技術の本質であると結論づけています。 最大の危険は「人間も資源になる」こと 技術が支配する世界では、山は「木材」に、川は「エネルギー源」に見えるようになります。この「計算的思考」が極まると、ついに人間自身も「人的資源」という名の在庫として扱われるようになります。 ハイデガーが危惧したのは、技術そのものの進歩ではなく、この「効率的な資源」という尺度以外の価値観が、私たちの世界から完全に消え去ってしまうことなのであります。 効率へのささやかな抵抗 ハイデガーはこの「効率の檻(ゲシュテル)」から逃れる道として「芸術」と「思索」を挙げました。 役に立つか、で判断しない : 一輪の花を描いた絵画は、それを燃料や肥料として見るのではなく、その花がそこに「ある」ことの美しさをそのままに示します。 支配せず、寄り添う : 現代の技術が自然から「無理やり搾り出す」のに対し、芸術は「素材が自ら形を成す」のを手助けする、自然に寄り添った営みです。 「計算」をやめて「想起」する : 「計算的思考」から離れ、存在の意味を深く噛み締める「思索」は、私たちの内側に、効率とは無関係な「自由な空間」を作り出します。 効率や数値がすべてを決定する現代だからこそ、あえて「何の役にも立たない」とされる芸術的な時間に...