Xで見かけた、悩めるエンジニアと同い年のあるエンジニアの記事が心に刺さりました。タイトルは「「I Started Programming When I Was 7. I'm 50 Now, and the Thing I Loved Has Changed(7歳からプログラミングを始め、50歳になった今、愛したものは変わってしまった)」。
著者は、キャリア42年を誇るベテランエンジニア、James Randall氏。AI時代の波に飲まれるのではなく、むしろ最前線で使いこなしているであろう彼が吐露した「違和感」が、あまりにも見事にここしばらく悩めるエンジニアの心の底にあったものを言語化していたのであります。
「フィードバックループは変わった。親密さは消えた。何十年も私を夜も眠れなくさせたもの——謎解き、追い求め、ついに何かが機能しない理由を理解する瞬間——それがプロンプトと応答に圧縮されてしまった。」
「この感覚はこうだ:私はこのものに42年を捧げたのに、それはもはや自分が認識できるものとは言い難い何かへと変貌してしまった。必ずしも悪い方向へではない。ただ違うのだ。そしてその違いは、私がその周りに築き上げたアイデンティティに挑戦し、かつてのように満たされないものとなっている。」
かつて、私たちはコード一行一行と対話し、デバッグという名の「パズル」を解く時間に喜びを感じていました。しかし今、そのプロセスはAIへの「指示」へと置き換わっています。
「私は遅れを取っているわけではない。前進しているのだ。新しいツールを活用し、かつてない速さで構築し、これらのツールを使って他者の作業を加速させている。数年前には夢にも思わなかった製品を生み出している。しかし同時に、今この『構築』が自分にとって何を意味するのかを模索している。」
氏は決してAIを否定しているわけではありません。むしろその恩恵を最大限に受けています。それでも、自らのアイデンティティであった「職人としての手応え」が、効率化の波に消えていく寂しさや葛藤を隠せません。
これは、単なるベテランの懐古主義ではないでしょう。AIによって「答え」がすぐ手に入るようになった今、私たちは「苦労して辿り着くプロセスそのもの」に宿っていた創造的な喜びを、どう再定義すべきなのか。そんな大きな問いを突きつけられている気がしてならないのでありました。
悩めるベテランエンジニアの方は、ぜひ全文に目を通してみてください。
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